スターウォーズの呪縛を破壊せよ「スターウォーズ 最後のジェダイ」

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スターウォーズの最新作を観てきました。

 

ネタバレあり。

鑑賞後の閲覧を推奨します。

 

 

スターウォーズEP8を観てきました。

先行組が「エヴァQ」「エヴァQ」言っていたのでどんなもんかと思って観に行ったらスターウォーズ界のエヴァでした。

前作「フォースの覚醒」がスターウォーズとはどういうものかということをオマージュを交え口当たりよく説明していた無難な造りなのに対し、最後のジェダイはファンを突き放すような展開が何度も繰り返される。

フォースの覚醒で物々しく手渡されたライトセーバーをあっさり投げ捨てるシーンから始まり、セリフ死するアクバー提督、反乱軍の内部分裂、ベンの葛藤、ジェダイの腐敗の歴史とベンの闇堕ちで心を閉ざしたルーク、かわいいゆるキャラが焼き鳥にされるなど筋金入りのスターウォーズオタクならたぶん怒りそうなシーンが何回も何回もある。

映画としての構成も歪で、3時間近くあるくせに3歩進んで3歩下がるみたいな展開が繰り返されて正直ダレると言わざるを得ない。

それでも、この映画を支持したい。

スターウォーズ」というあまりにも巨大な、そう、巨大すぎるコンテンツを爆破解体して再構築しようという、スクラップ&ビルドの精神がこの映画をあまりにもまっすぐに貫いているからだ。

かつてフロンティア精神を持っていたスターウォーズは今や伝統を見出される存在になっている。永遠に終わらない存在になっている。

フォースの覚醒やローグワンなどの「伝統」を重視した映画をたくさん作って、100年先までスターウォーズを続けることは可能だろう。

でもあえてそれを選ばなかった。

伝統を、完膚なきにまで破壊して、破壊しつくして、またやり直そうという気概が画面の端々から伝わってくる。

それはベンの「反乱軍もファーストオーダーもジェダイもダークサイドも全て終わらせる」というセリフに強く表出されているのではないか。

ここはエヴァQの「エヴァの呪縛」(エヴァパイロットがずっと14歳のままでいる)と同じような制作側の表出を強く見て取れる部分である。

フォースの覚醒の、ベイダーの影に囚われ心迷っていたベンがベイダーからの影響を振り切ってこのようなセリフを言ってみせることこそ、伝統という安住の道への決別を象徴しているのだと感じた。

最後のジェダイのベンは良かった。アダム・ドライバーの演技はもちろん、「ベイダーを追う存在(過去のスターウォーズに囚われる存在)」から脱却しようとしているのがキャラ造形に深みを出している。

ある意味でスターウォーズの呪縛を背負った彼こそが、スターウォーズを破壊しようとする制作陣ととてつもないハーモニーを醸し出してしまった。

そして、この映画でルークは表舞台から姿を消すことになる。

この辺はヨーダとかベン・ケノービの再話になっているが、旧三部作の主人公で作中においてもレジェンドであるルークが死ぬというのは、スターウォーズという映画の一つの終焉というしかない。

 

最後のジェダイエヴァQに近いと思ったのは、そういう完膚なき破壊と再生を試みた点が大きいが、反乱軍(ネルフ)の内部分裂や槍で(ライトセーバーで)やり直すシーン、そして前作までの対立構図が混沌としたものになるところもQと似ている。

エヴァQに近いということは要するに賛否両論激しいということでもあるが、実際スターウォーズ平成ライダーガンダムと同じで何を作っても賛否両論が出る

平成ライダーのように毎年世代交代して(何度も終焉を繰り返して)新陳代謝し続けることが、作品として幸福な生涯を贈れるのではないかと考えてしまう。

スターウォーズはパラレル設定は基本使えないから、平成ライダーのような手段は取れないけれど、それでもこのような形で豪快に世代交代をやり尽くしてしまう精神を評価したい。