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スカムなDCが帰ってきた「バットマンvsスーパーマン ジャスティスの誕生」

 バットマンvsスーパーマン見ました。

 あまり期待していなかったので、大本命のスーサイドスクワッドへのつなぎくらいにしか思っていなかったのですが、予想以上に面白かったです。

 

 この先は、バットマンvsスーパーマンのネタバレがあります。

 

 

 


かつてのDC映画が帰ってきた

 ノーランバットマンから、DC映画は「画面のトーンが抑えられてシリアスでリアルな内容」という印象が強いです。

 本作も予告編はそんな感じに仕上がっていましたが、実際は荒唐無稽で大味な勧善懲悪のヒーロー映画です。

 予告編は大半ウソ!スーパーマンは悪に染まらないしスーパーマンを崇拝するウォーボーイズみたいな人も単なるお祭りの参加客だから!
 ざっくり言えば、ひとつの舞台にスーパーマンバットマンがいて、陰謀を進める共通の悪と戦っていく内容でした。
 だから、バットマンとスーパーマンが対決することは主題ではありません。

 主題は...本当なんなんだろう。一つのストーリーというより、「スーパーマンのもたらす被害」「レックス・ルーサーの陰謀」「ジャスティスリーグのメンバー集め」「バットマンの成長」「ママ大好き」など複数のテーマをむりくり一本にまとめようとしたけどまとまってない映画になっていて、あたかも群像劇をザッピングしながら見ているようなスタイルになっています。
 それに、多数の話題を三時間で回そうとしたため、矢継ぎ早にシーンが変わり、なにがなんだか分かりづらい構成に。
 しかも、その一つ一つのテーマ、というか映画全体がツッコミどころ満載でハチャメチャな印象を受けるものになっていました。
 まず、対決の理由がひどい。

 スーパーマンの戦闘によって被害を受け、派手な損害を出すスーパーマンを止めるためにバットマンが立ち上がる、

 ように見えますが、

 実際はほぼバットマンが暴走して一方的にスーパーマンを敵視し、しかも編集の仕方で「悪夢に出てきて気に食わないから戦う」ように見えてしまいます。

 そのくせ、1時間近くかけてさんざん対立を煽ったにも関わらず、スーパーマンの一言で高速和解します。その理由は、「スーパーマンの母親(名前がバットマンの母親と同じ)が人質にされていたから」。

 これを聞いた瞬間、クリプトナイトまで作ってこれまで本気でやりあっていたバットマンは、自分の殺された母親を思い出してケロッと戦いを止めます。
 その後はスーパーマンを打倒すべくバットマンを煽りまくったレックス・ルーサーバットマンとスーパーマンの対決の合間にこそこそ作ったぽっと出ラスボスのドゥームズデイと対決。

銃も効かない!ミサイルも効かない!でもクリプトナイトは効く(ゾッド将軍の再生怪人だから)!

 というわけで、スーパーマンクリプトナイトの槍を持ってドゥームズデイに特攻するのですが、いやそれクリプトナイトが弱点のスーパーマンにやらせるなよ。

 ドゥームズデイを投げ縄で拘束しているワンダーウーマンはいいとして、バットマンはなんで隠れてんの!?
 スーパーマンドゥームズデイと相討ちになり、スーパーマンの盛大な葬式が執り行われて映画は終わり。

 突然葬式シーンに入ったので、「まだジャスティスリーグがあるからここで死んじゃ困るでしょ!?」とここはかなりビビった。でもSマーク入りの棺桶は面白かったぞ!

 葬式が終わって、ロイスやバットマンやワンダーウーマンがしんみりしているところで、スーパーマンが復活するような映像が流れて終了。ドッキリ企画かよ!
この他にも、スーパーマン呼び出しチャイムのような扱いのロイス、一瞬フォックスと見分けがつかなかったアルフレッド、動画連続再生で出番が終わるジャスティスリーグのヒーロー軍団ジャージ姿でコンビニに買い物しにくるフラッシュ思いっきりカメラ目線でアピールを決めるアクアマンなどの異常映像が満載。
 このように書くと、BVSが駄作(実際アメリカではラジー賞内定レベルで評判が悪いが)のように思われるかもしれませんが、私は楽しみました。
 BVSはノーランバットマンよりも、「バットマンフォーエヴァー」に近い手触りを感じます。
 この、滅茶苦茶で、ダークで、でもどこか能天気で、雑で、ダイナミックで、いろいろなものをゴテゴテぶち込んだ感覚。
 それは、かつてのDC映画のものなのです。

 

 前にも述べたとおり、ストーリーが拡散しているのですが、観終わったとき、強烈な一本の筋が通っていることを感じました。
 それは、「これからめちゃくちゃ壮大なヒーロー叙事詩をやりまくるぜ!」という制作陣のシャウト。
 ロビン(ジェイソン・トッド)のアーマーやリドラーの杖などが何の説明もなく置かれる画面の異様な情報量、とっ散らかったストーリーは、「長い叙事詩を語るには3時間では全然足りないけど、やれるところまで、できるところまで語っていく」という意思のあらわれと受け取りました。
 強烈で剥き出しの感情をスクリーン越しに叩きつけられる喜びと困惑。
 それが、この映画の最大の魅力なのだと気づきました。

 

マーベルとの対決


 さて、忘れてはならないのは、BVS最大のライバルであるMCUです。

 BVS公開1ヵ月後には、MCUのヒーロー対決もの「シビル・ウォー」が待ちかまえていて、BVSも「いい加減アベンジャーズみたいなの作ってよ」という上層部の指示が大きいものとなっています。
 今後の作品への含みをこれでもかというほど詰め込んでいるシーンや、アイアンマンみたいな性格のバットマンとレックスなど、MCUを意識しているのが見え見えなのですが、そういうMCUを露骨に意識したところはことごとく微妙で、MCUがあまりやらないこと(ニュース映像の多用、オリジンの省略など)の方が目立っているのは、MCUとの差別化ができたととらえるべきか。
 マーベルがオリジンを丁寧にやったり、情報の出し方を調整したりとライト層にも分かりやすいつくりになっている一方、DCEUはアメコミを知っていること前提な部分が大きく、マニアにとって無駄な部分(オリジンやキャラ紹介など)を極力省いたつくりになっています。
 ウェイン夫妻の死とバットマンへの変化というバットマンのオリジンがOPで片づけられるのは、アメコミ映画の宿命である「リブートのたびにまたベンおじさんとウェイン夫妻が死ぬのか」問題への回答なのです。
 ただ、ストーリーの複雑具合ではMCUの方が敷居が高いですし、DCEUはまだ始まったばかりなので、予備知識さえ仕入れればかなり分かりやすい、かもしれません。

 MCUフェイズ3がノーラン化していく一方で、DCEUは蓋を開けてみれば昔ながらの勧善懲悪ものですし。
 脚本がとっ散らかりすぎてるわりには単純で、思いついたアイデアを夢オチで何度も入れてたりと瑕疵の多い映画ではありますが、そこがまた愛しいものです。